街を楽しむ 横浜夜景散歩タイトル
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 「横浜夜景散歩」第9回は、いよいよ横浜の代名詞ともいうべき名所『山下公園』を取り上げます。
市民のみならず、おそらく全国の人?に広く知られた観光スポット。「横浜といえばどこ?」という質問をされたら、「みなとみらい」の次くらいに名前が上がるのではないでしょうか。よく晴れた昼に訪れるのも気持ちが良くてよいのですが、もちろん夜景も欠かせませんよね。それでは行ってみましょう!

ライトアップされた有名スポットが四方を取り囲む、横浜を代表する観光名所

 第8回の最後で「シーバス」を降りた場所からスタートします。山下公園の本牧寄りの方に「シーバス」や「マリーンルージュ」「マリーンシャトル」の発着場があります。

発着場からさらに本牧寄りへ少し進んだところ。

 いきなりですが公園を横切って海の反対側、海岸通りへ出てみましょう。

山下公園に沿って続く海岸通り

 するとそこに現れるのは・・・

 美しくライトアップされたマリンタワー!・・もちろんご存知だと思いますが(笑) 公園内に戻りましょう。

沈床花壇中央広場。ここからの眺めはぜひご覧頂きたいところですね。中央で光っているのは・・

水の守護神像。この噴水は像が見えなくなるくらいの高さまで噴き上がります。

 ちょっとここで簡単に山下公園の歴史をご紹介しますと、関東大震災(1923年)の復興事業として、震災で発生した瓦礫を埋め立てて作られた公園で、開園は1930年。終戦後は米軍に接収されましたが、1959年に接収解除、1961年に氷川丸が繋留されました。開園から実に85年。横浜を代表するスポットとして多くの人々に親しまれてきました。では次は氷川丸の近くへ行ってみましょう。

日米友好ガールスカウトの像。1962年建立。

もちろん、デートスポットとしても外せない場所です。

氷川丸

 氷川丸は1930年建造(山下公園開園と同じ年というのは運命を感じます)。戦前、日本とアメリカを結ぶ貨客船としてチャップリンをはじめとする多くの著名人に愛されましたが、戦争の激化に伴い海軍に徴用され、病院船として活躍。3回も機雷に触雷するも沈没を免れ、終戦後は南方に出征した兵士達の帰還をピストン輸送で支えました。戦後、客船として復帰し、1960年に船齢30年で退役。当時の横浜市長をはじめ横浜市の人々の希望により横浜港に繋留され、以後、多くの観光客に愛される観光名所となりました。

日本のために大活躍してくれた船だったんですね。

 海岸通り沿いにはホテルニューグランド。1927年開業の歴史あるホテルで、GHQのマッカーサー元帥や作家・大佛次郎が利用したことでよく知られています。ここのバー「シーガーディアン」はサザンオールスターズの歌『LOVE AFFAIR 〜秘密のデート』にも登場しますね。

 このあたりが公園の中間地点です。ここから先、みなとみらい方向へさらに進んでいきます。

芝生広場から本牧方向を振り返る

半円状に海に突き出た部分(バルコニーと呼ぶらしいです)はゆっくり夜景を眺めるのに最適。

この夜景!! 美し過ぎますね・・

 もちろんベイブリッジの存在も忘れてはいけません。本当に「これでもか!」というくらい、観光名所に囲まれた立地です。

ベンチに座ると、頭上には大きな空、目の前には大きな海。ゆっくり落ち着いて話ができます。

夜でも割と人は多く、そこまで危ない雰囲気ではありません。

 みなとみらい・関内側の出入口が近づいてきました。最後に、氷川丸・ベイブリッジ方面と大さん橋・みなとみらい方面の夜景をもう一度ご覧頂いて終わりにしたいと思います。

 もう少し眺めていたい気持ちを抑えて、出口へ向かいましょう。関内側出入口の近くの広場ではよく路上パフォーマンスが行われています。

関内側公園出入口。中央に見えるのはインド水塔。今度行かれたときはぜひ天井部分の装飾にご注目ください。

公園出入口付近。右側に光っているのは神奈川県民ホール。

 さて、いかがでしたでしょうか?
 山下公園は、何度訪れても毎回その景色の素晴らしさを実感できるスポットですよね。また、公園や氷川丸の歴史について調べてみると、この公園が横浜を代表する名所となった背景には、関東大震災や第二次大戦といった歴史が深く関係しているということが分かり、だからこそ市民に愛され、横浜を語る上で無くてはならない存在になったのだと思いました。

 「横浜夜景散歩」第9回はここまで。それでは次回をお楽しみに!

information

山下公園

〒231-0023 神奈川県横浜市中区山下町 (Google Map)
営業:園内は常時開放



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