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江戸時代に栄えた宿場町の歴史が残る街

 「横浜住宅エリア紹介」。第1回の『上大岡』に続く第2回は『戸塚』をご紹介したいと思います!東海道線で横浜駅の次に停まる駅、そしてかつて(1999年まで)は横浜市営地下鉄の終着駅だったということもあって、横浜市民の方なら誰でも戸塚駅の名前は聞いたことがあるのではと思います。

 今回訪れたスポットを地図にまとめてみました↓。

 まずは水色のピン。駅から南西の方角に向かって歩いていきます。途中で駅へ戻り、今度は北東へ(紫のピン)。最後にバスに乗って少し離れた緑のピンまで足を伸ばします。

 ではさっそく駅前から出発しましょう!

 上の写真は地上の改札口なのですが、地下の改札口の前にはこんなものが!

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 歌川広重作『東海道五十三次』の「戸塚宿」の絵です。そう、ここ戸塚は東海道の中で、江戸にも10里(約40km)、小田原にも10里(約40km)の中間地点にあり、ここで宿をとる旅人が多かったことから、宿場町として栄えた街でした。この絵に描かれている橋や石碑も後で登場しますよ!

 もう一度地上に戻ります。
 戸塚駅の西口は再開発事業によって2010年前後から大きな駅前ビルが幾つか誕生しました。

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左は戸塚モディ(これは東口。旧マルイ戸塚店を2007年に改装)。右は2010年開業のトツカーナ。

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左は2013年完成の戸塚区新総合庁舎。右は2009年開業のサクラス戸塚(一番左)。

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 西口のバスセンターに沿って走っている通りが「東海道」です。

 この東海道沿いには、戸塚の歴史を感じられるスポットが点在しています。
 まずはこちら、『澤邊本陣跡』。「澤邊」は戸塚宿の開設に尽力した地元の有力者の苗字。「本陣」は歴史の教科書で習いましたが、参勤交代の際に大名が泊まったり、幕府の役人などが泊まるための宿泊所。一般庶民は泊まれませんでした。

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 「明治天皇戸塚行在所」と書かれています。明治天皇が京都から江戸に遷られる際もここで宿泊されたようです。

 そのすぐ近くにあるのがこちら。『冨塚八幡宮』。

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 この奥が急斜面になっていて、それが「富属彦命(トツギヒコノミコト)」という人の古墳だそうです。それを「富塚」と呼んだことから、「富塚」→「戸塚」になったというのが戸塚の地名の由来(一説には)です。

 さて、歴史のお勉強は一旦ストップして(笑)、皆さんの多くがテレビで見たことがあるであろう、ある場所を訪れてみたいと思います!

 冨塚八幡からさらに東海道を下り、10分ほど歩いたところにある、こちらの場所。

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 ヒント無しで分かる人はすごいですね。
 大きな道路が右に走っていて、そこから左に入ると、大勢の人が集まれそうな広いスペースがある・・・

 分かりましたか?? そうです!ここが、箱根駅伝の「戸塚中継所」です!

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 正直、「え?ここ?」と思ってしまうくらい、特に何の案内もなく、しかも歩行者はここで行き止まりで引き返さなくてはいけないという場所にあります(笑)。テレビで見るあの熱狂の風景とはちょっとイメージが違いますね。
 ちなみに駅前の道路のマンホールではしっかりと駅伝のことがアピールされています。広重の絵を拝借して(笑)

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 駅の南西側はここまで。
 一旦駅に戻り、今度は駅の東側を訪れてみたいと思います!

次頁>>『東海道五十三次』に描かれた橋と、今も現存する道碑

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